井堀利宏教授の「小さな政府の落とし穴」(日本経済新聞社)を読んだ。
学生のようにメモをとりながら一週間かかったが、興味がある分野のためか久しぶりに重い内容の本だった。
日経新聞記者の清水氏の「経済財政戦記」と併せ読むと、低金利政策と高めの成長率を前提とした「上げ潮路線」が極めて脆弱な仮定の上に成り立っていたかが理解できると思う。
財政再建、財政の健全化は不可欠の政策課題であり、財政規律が緩んだまま将来世代に負担を先送りしている状況下で、大きな政府だとか、小さな政府だとか、政府の最適規模を議論することは無意味かもしれない。
オバマ米大統領が演説したように、「我々が今日問うべきなのは、政府が大きすぎるか小さすぎるかではなく、政府が機能するか否かだ」。
井堀教授も同様、「政府の規模を議論するよりも、如何に引き締まった政府にするかが重要だ」と説いている。
「引き締まった政府」というのはいい言葉だと思う。
必要性が認識されながらも、なかなか実現が遅れ気味の財政構造改革。
多くの国民が増税に反対し、社会保障などの歳出の効率化・抑制も遅々としている。
世代間の公平性は損なわれつつあり、多くの人が、税金の使い途が不公平であり、非効率であると考えている。
行政サービスを国内にあまねく浸透させ、貧しかった国民の生活基盤を一律に底上げすべき時代は終わった。
これからは、本格的な少子高齢化社会を迎える先進国として、国政と地域行政の役割分担を見直し、国が一律に保障する部分と地方が独自に上乗せする部分に分けて、住民自身がきめ細かい行政サービスを選択する時代だ。
政府への信頼確保の環境整備に向けて、政府が取り組むべき課題はたくさんある。
我々は日本財政の健全化、効率化に向けて、これらの課題に真摯に取り組む義務がある。
この本は一昨年の夏に出版されているが、井堀教授の記述は、本年初めに行われたオバマ米大統領の就任演説を彷彿とさせる。
経済がひどく脆弱になったのは、一部の人々の強欲と無責任の代償でもあるが、難しい選択をせず、国家を新しい時代に準備して来なかった集団的な失敗でもある。
世界は変わったのだから、我々も変わらなければならない。
我々が現在求められているのは、『責任』の新たな時代である。すべての米国人が自分自身と米国、世界に義務を負うことを認識し、嫌々でなく喜んで引き受ける。
これが市民が払う対価、約束であり、我々の自信の源だ。これが我々の自由と信条の意味だ。
経済は低迷し、大規模な経済対策が審議されている最中であるが、政府の信認を失う前に、改革の将来像を明示して、世代間、地域間の公平性と効率性を促進させるような社会保障改革や、地方分権などの将来に向けた「選択」をしなければならない。
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