07.11.16_ヒマラヤ_K2_登山に関する本_その他雑感
ヒマラヤ
ヒマラヤの地図を見ているのが好きだ。
どのようなルートで、どんな山が、どんな風に見えるのか。想像しているだけで楽しい。
ネパールまで行って、 ブッダ・エアーで見てきたのだが、あの頃は何の知識もないまま、ただひたすら感動してきただけだった。 今思うと、何ともったいないことをしてしまったのか。知識があって観れば、感動も違っていただろうし、 写真ももっとまじめに撮っていたに違いない。
今日、図書館に、予約していた藤田弘基氏の「ヒマラヤ百高峰 標高7000mを越える氷雪の山々」 という写真集が届き、借りて来た。
そこにヒマラヤの地図が載っている。
私は書籍を読む時は、探偵小説でも同じだが、読みながら地理勘を得るために、書籍の冒頭に掲載されている地図をスキャナーで読み取り、何度も繰り返し眺めながら読む癖がある。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)で衛星画像データを公開しているが、 「8000m峰と氷河群」というシリーズで衛星画像を観ることもできる
いずれグーグル・アースが充実してくれば、山の名前と近隣の山や氷河の様子のみならず、各国の登山ルートに至るまで、手にとるように観ることが可能になるだろう。
「ヒマラヤ百高峰_標高7000mを越える氷雪の山々」藤田弘基著より
ヒマラヤは、サンスクリット語の「雪の住処」。
北隣に平行して走るロウワー・ヒマラヤ(Lower Himayayan Range)と区別して、 Great Himalyasと呼ばれている。
ちなみに、ヒマラヤの山々の語源は以下のとおり、 いろいろな言葉で構成されている。
8000m峰14座は以下のとおり
- エベレスト(8844m)、 チョモランマはチベット語で「大地の母」、サガルマータはサンスクリット語で「世界の頂上」
- K2(8611m)は、 カラコルム測量時に無名の山に番号を振り測量番号としたものがそのまま残ったもの、中国名「チョゴリ」は、バルティ語で「大きい山」
- カンチェンジュンガ(8586m)は、 チベット語で「五つの宝庫をもつ偉大な山」
- ローツェ(8516m)やヌプツェ(7855m)のツェは、チベット語の「峰」、ローツェは南峰、ヌプツェは西峰、 いずれもエベレストの南と西に位置するから
- マカルー(8462m)は、チベット語で、 北側にあるカンシュン氷河から流れる「カルマ(谷)」と「ルン(地域・谷)」で「カマルン」となり、 それが訛ったとの説がある
- チョー・オユー(8201m)は、 チベット語で「トルコ玉の神」
- ダウラギリ(8167m)は、 サンスクリット語で「白い山」
- マナスル(8163m)は、 サンスクリット語で「霊魂の国」、「精霊の山」
- ナンガ・パルバット(8126m)、 サンスクリット語で「裸の山」
- アンナプルナ(8091m)は、 サンスクリット語で「豊穣の女神」
- ガッシャー・ブルムⅠ峰(8068m)は、 チベットの方言であるバルティ語で「輝く峰」「輝く壁」、 本来はバルトロ氷河の正面に位置し西向きのⅣ峰がこのように呼ばれてものが山塊全体の名称になった、 Ⅰ峰は山塊の一番奥に位置し、 W.H.コンウェイが「Hidden_Peak(隠れた頂)」と名付けた
- ブロード・ピーク(8051m)も、 コンウェイが名付けた、幅広い山頂の意
- ガッシャー・ブルムⅡ峰(8035m)は、 ⑪のⅠ峰で紹介済
- シシャ・ パンマ(8027m)は、チベット語で「不毛の地」、 インド側ではゴサインタン(聖者の居所)
その他、7000m峰では、以下のとおり
ギャチュン・カン(7952m)は、カンはチベット語で「雪山」で「ギャチュン氷河にある雪山」、シェルパ語で「百の谷が集まる山」という説もある
カンバチェン(7903m)は、チベット語で「大きな家」
ヒマール・チュリ(7893m)のヒマールは、ネパール語で「尖った氷雪の峰」、サンスクリット語の「雪山」
ナンダ・デヴィ(7816m)は、サンスクリット語で「多幸の女神」
ナムチャ・バルワ(7782m)は、古代チベット語で「否妻が大空に赤く燃える山」
サルトロ・カンリ(7742m)のカンリは、チベット語の「雪山」
チョゴリザ(7668m)は、バルティ語で「大きな狩猟場」、コンウェイはブライド・ピーク(花嫁の頂き)と名付けた
クーラ・カンリ(7536m)は、チベット語で「天帝の峰」
スキル・ブルム(7360m)は、バルティ語で「中央の山」
カブルー(7353m)は、サンスクリット語の「戦士」
チャムラン(7319m)は、チベット語で「はばたく大鳥」
シア・カンリ(7315m)は、バルティ語で「野生のバラの山」
ギャラ・ペリ(7294m)のペリは、チベット語の高い山、「ギャラ集落にある高い山」
ムズターグ・タワー(7284m)のムズターグは、トルコ語の「氷山」、コンウェイが命名、トルコ語と英語の複合で「氷雪の塔」
ランタン・リルン(7245m)は、チベット語で「ランタン谷にある大きな雪山」
バルンツェ(7220m)は「バルン氷河の源流に位置する峰」
ハンチンダール・チッシュ(7163m)のチッシュは、ブルシャスキー語の「山」
プリ・モ(7161m)は、チベット語で「娘の峰」、ジョージ・マロリーが命名した
ブアクパ・リ(7156m)は、バルティ語で「日陰の山」
ティリツォ・ヒマール(7134m)は、チベット語の方言で「遠い湖の雪山」
ニルギル(7061m)は、サンスクリット語で「青い山」
エヴェレスト
1999年、アメリカの捜索隊によってマロリーの遺体が発見されたことはショックだった。
「そして謎は残った マロリー発見記」より
もちろん、彼が登頂したのか否か興味をもって読んだ。
セカントステップを越えられなかっただろうという、メスナー氏の主張に理があるように思えるが、他方で、8570m地点でアーヴィンのピッケルが発見されたことにも驚かされた。
が、 マロリーの亡骸(写真)を見たら、 そんなことは些細なことに思えた。
現代から見れば、日本アルプスに挑む我々よりも貧弱な装備しか身に着けずに、ねじ曲がった足を抱えてエヴェレストの斜面に75年間も安らかに眠っていた彼を、興味本位で見せ物にしてしまったようで、後味の悪さが残った。
「神々の山嶺(いただき)」夢枕獏著より
彼が携帯していたコダックのカメラが発見されなかったのは、 謎は謎のままにという意味で良かったのかもしれない。「神々の山稜(いただき)」 のようなロマン溢れる小説が生まれたのも、謎が残ったからだ。
西遊旅行より、クーンプ山群トレッキング図
「空へ_エヴェレストの悲劇はなぜ起きたか」ジョン・クラカワー著より
そうしたロマンとは別に、商業登山が盛んで、 登頂さえすればいいんだというやり方に賛否両論あろうが、ジョン・ クラカワー氏の「空へ」、アナトリ・ ブクレーエフ氏の「デス・ゾーン8848M」が面白い。
商業公募隊のツーリスト(ゲスト)とホストの立場の違いを差し引いても、私としては、 批判的なクラカワー氏に理があるように思えた。
クラカワー氏に「ガイドとしての務めを果たさなかった」と批判されたブクレーエフ氏だが、翌年現場に戻り、フィッシャーと難波さんの亡骸を弔い、難波さんの遺品を家族に引き渡すなど、 (アンナプルナに散ってしまったが)登山家としては立派な方だったと思う。
この事件に関しては、ベック・ウェザーズ氏の「零下51度からの生還_エヴェレストの悲劇」があるが、こちらはウェザーズ氏の半生記に過ぎず、上流階級から見下すような姿勢に違和感を感じた。
人は何のために登るのだろう。
「そこに山があるから」と答えたマロリーだって名声を得るために登った。
エンデバー号のシャクルトン船長も同様だ。
どこに商業登山と英雄との境界があるのか、自分にはわからない。
答のない質問は、人を悩ませるが、成長もさせる。
K2
2006年、東海大学のチームが山岳部創設50周年記念行事として、 K2を制した。
多くの生命を奪って、なお血に飢えた「非情の山」。
西遊旅行より、バルトロ氷河トレッキング図
ちなみに、K2のK、カラコルムは、東側にある峠にカラ(黒い)コルム(小石)の石屑があったことが語源。トルコ語族の命名だ。
同じくカラコルム山脈のグレート・トランゴ及びネームレス・ タワーを知った時には、 こんな山がこの世に存在したのかと、(文学的な表現ではないが)椅子から転げ落ちる程驚いた。
さらに驚いたのは、K2にも「商業公募隊」 が押し寄せているということだった。 「K2_非情の頂」の著者覚書に記載してあるとおり、 こういう傾向は気持ちの良いものではない。
私自身は、日本の冬山でさえ登れる技術を持ち合わせていないし、商業公募隊に参加するほどの財力もないので、批判できた立場ではないのだが、経験豊富なクライマーの気持ちがわからないでもない。
ちなみに、K1はマッシャーブルム(7821m)、K3はブロード・ ピーク(8051m)、 K4はガッシャー・ブルムⅡ峰(8035m)、K5はガッシャー・ ブルムⅠ峰(8068m)。
チベット
ハインリヒ・ハラーの「セブン・イヤーズ・イン・チベット」も面白かった。
1939年、ドイツ隊が5回目の遠征隊をナンガ・バルバットに送り込んで、登山活動中に第二次世界大戦が勃発。イギリス隊に捉えられた遠征隊二人が脱走に成功し、ヒマラヤ山脈を越えて鎖国中のチベットに逃れた話だ。
「セブン・イヤーズ・イン・チベット」ハインリッヒ・ハラー著より
ミニャ・コンガ
遭難から生還した記録としては、阿部幹雄氏の「生と死のミニャ・コンガ」も面白かった。
文章が正確に時系列で整理されており、筆者の「生きること」に対する姿勢の良さが窺い知れた。
梅里雪山(カワカプ)
同じ遭難記として、小林尚礼氏の「梅里雪山_十七人の友を捜して」も面白かった。
遭難事故の原因究明よりも、現地に溶け込んで、現地の方々と心を通じ合っていく過程や、カワカプを登山の対象から信仰の対象として大切にしていこうという率直な気持ちが、良かった。筆者の真摯な姿勢が貫かれていて好感が持てた。
私も、いつの日か、「明永」の町を訪れて、巡業の旅に思いを馳せてみたい。
東側巡礼路
西側巡礼路
「梅里雪山_十七人の友を探して」小林尚礼著より
ナンガ・パルバット
最近は、 ヒマラヤ西端に位置するナンガ・ パルバット(8126m)、「人喰い山」とも、「魔物の棲む山」とも呼ばれる山に興味を持っている。
今、ドイツ・オーストリア遠征隊の公式報告(カール・ M.ヘルリヒッコファー編)の本を図書館に予約したところだ。
数年経つと、この山にも「商業公募隊」が押し寄せることになるのだろうか。
人間は、どこまで強欲なんだろうか。
図書館の蔵書がインターネットで予約できるようになって、 本当に便利になった。
気付いた時、読みたいと思った時にネットで蔵書検索をして、予約しておくと、自宅近くの図書館まで取り寄せて貰えるし、指定した図書館に予約した本が到着するとメールで知らせてくれる。
長くなってしまった。今日はここまで。




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