湯島聖堂→神田明神→湯島天神→旧岩崎邸庭園
三男の大学受験合格祈願で湯島天神に行ってきた。文京区の観光ガイド「おさんぽくん」から「道真公と歩く湯島・本郷〔文学浪漫コース〕」というコースの一部を歩くことにした。
孔子様の「湯島聖堂」→大黒様の「神田明神」→七福神の宝船の「妻戀神社」→道真公の「湯島天神」→三菱家本家の「旧岩崎邸庭園」、時間が許せば東大構内も散歩したかったが、今回は見送った。(神田明神のみ千代田区)
三人の息子の高校受験・大学受験と何度も足を運んできたが、今回で合格祈願のお参りも卒業となる(多分・おそらく・・・・そうなって欲しいのだが)
湯島聖堂
最初に「湯島聖堂」。孔子廟である。
幕府官立の学校「昌平(孔子の生誕地)坂学問所」があり、維新後も文部省、国立博物館、師範学校(筑波大)、女子師範学校(東京女子大)が設かれたことから、「日本の学校教育発祥の地」の掲示がある。
正門から入って右手にある「仰高門」を通り抜ける。「仰高門」の名は、論語の「子罕第九の十一」に由来するらしい。
これを仰げば彌々高く、これを鑽れば彌々堅し
(顔淵喟然歎曰、仰之彌高、鑽之彌堅)
孔子の得は、見上げれば見上げるほどに高く、その意志は切ろうとすれば切ろうとするほど堅い
中華民国台北ライオンズクラブから寄贈された世界最大の孔子像を見て、入徳門に至る。
入徳門は工事中で、漆が乾いていないため近寄ることができなかった。
入徳門の脇を通り抜けて、杏壇門を見上げる。
杏壇の語源は、中国山東省曲阜にある孔子の教授堂(講堂)の遺址は、瓦敷きの壇(高台)の周囲に杏を植え、「杏壇」の二字碑を建て、のちに門が設けられた時に「杏壇門」と名付けられたことによるそうです。
日曜日なので中が公開されていた。200円の拝観料を支払い、孔子様に息子の合格をお願いし、特設売店で、合格祈願の鉛筆を購入する。
神田明神
次に、神田明神。江戸の総鎮守「大明神さま」である。
隨神門は、昭和50年、昭和天皇の御即位50周年を記念して再建された。
去年、次男の大学受験祈願に来た時は「包丁儀式」を執り行っていたが、今年は「たいこく祭」の最中である。
だいこく様に扮した神楽師が、成人式を終えた参拝者の頭上に、小槌をひと振りして、幸多きことを祈念してくれる。
私たち夫婦も、恥ずかしながら2.5回目の成人式なので参拝して、小槌をひと振りして頂いた。
御本尊への参拝は、ご覧のとおり大行列。
湯島天神
妻との大事なデートということもあり、一応、経緯を表して妻恋神社にも寄ってみた。
学問の神様、合格祈願の本家。
湯島聖堂とは比較にならぬほどの大混雑である。
本殿裏のお守り売り場では、大混雑で足の踏み場もない。
30分以上並んでようやくお守りをゲット。早々に夫婦坂から退出。
旧岩崎邸庭園
今日の最後は、岩崎邸庭園。
壁紙の解説が多い。
部屋数が多く、どの部屋を、どのような目的で、どのように使っていたのか・・・・、私人の館とはいえ興味が尽きず、解説してくれると面白かったのだが。
どんな暮らしをしていたのだろうか。我々庶民には創造もつかない。
| 固定リンク


コメント